2014年12月14日

★洋食器の歴史(ヨーロッパの焼物 1)

こんにちは!

caorinaです。

ヨーロッパの洋食器をご紹介するブログを始めました。
宜しくお願いします^^

先ず、ヨーロッパの焼き物の歴史からお伝えしますね。

ヨーロッパの焼き物の発祥はエーゲ海のクレタ島で発掘された
ミノアの土器といわれています。
幾何学的な模様がある紀元前2600年のものです。

その後、紀元前5〜6世紀にギリシャの焼き物で
赤地に黒色で模様を付けた「赤絵手」や逆に黒地に赤色で模様を描いた
「黒絵手」という手法が生まれました。

ローマ帝国では、「テラ・シギラタ」という赤色陶器が作られ、
イタリアのフィレンツェに近いアレッツムであったことから
アレッツム陶器徒呼ばれています。

ローマ帝国の時代は、陶磁器の進歩が少なく、眠りの時代ともいわれています。
紀元4世紀には東西にローマは分断し中世の教会中心の時代でした。

ヨーロッパでは、8世紀にスペインのイベリア半島に「ラスター彩」と呼ばれる
イスラム陶器が入ってきてから進歩してきました。

この「ラスター彩」は、イスラム教徒の支配が終わってもキリスト教徒に受け継がれ
セビリアやグラナダ地方、更に14世紀にはバレンシア地方のマニセスなどへも
広がりました。

このマニセスに近いマジョリカ島で焼かれたやきものがマジョリカ焼として
イタリアへ輸出され、人気を博したようです。

マジョリカ焼きは、イタリアでも作られるようになり、ルネッサンスの文化の波に乗り
特にウルビーノで作られた色絵皿や装飾は話題を呼んでマジョリカ焼きの名を高めました。

16世紀になるとこのマジョリカ焼きは、北ヨーロッパにも影響を与えました。
フランスやドイツでもマジョリカ風の焼きものは作られましたが
特に,スペインから独立したオランダのデルフトでは、マジョリカ風のやきものを
作っていくうちに、オランダ東インド会社が運んでくる東洋の陶磁器の形や絵付けを
模倣するようになりました。
その東洋風の文様が人気を博し、錫釉陶器を「デルフト焼」と呼ぶようになりました。

今回はここ迄です〜

陶磁器は今も私達の暮らしになくてはならないものですね!
興味を持っていただけましたでしょうか♪

次回は、マイセン磁器の歴史に触れてみますね!
お楽しみに〜



posted by Kaorin at 18:55| 日記 | 更新情報をチェックする

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